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ヒゴ八坂

10月、久しぶりに野外パーティで廻します。それも二週連続。しかも二週同じ場所で、違うオーガナイザーのパーティで。こういうことは20年のDJ&パーティ人生でも初めて。都内の箱だったら、まぁそんなに珍しい話じゃないけどね。

話をうけた当初は、二週連続同じ場所ということを面白がっていたのだけれど、ふたつのパーティについてイメージしていくにつれ、これは自分にとってとても面白い体験になるだろうなという予感が強まってきたのであります。

まず、10月13日〜14日のGlobal Ark。
http://global-ark.net/

DJ Mikuさんが、近しい友人たちと作るワン・ナイト。DJのラインナップはMikuさん自身が廻して欲しいと思う人に声をかけたのだそう。私たちヒゴエラのバカ夫婦がMikuさんと知り合ったのはもう17,8年は前のことだけど、ずっと親しくつきあいがあったわけではなくて、数年前のDipAura野外のときにひょんな繋がりからプレイしてもらうことになって以来、時折現場が一緒になったり、またお誘いしたりのこの頃。

昨年の10月にやったDipAura+裏専家のときのMikuさんの2度のプレイは傑作だった。特にストーンがテーマの裏専家ブースで、なぜかノリノリでパンクかけまくり! 私はちょうどその裏(?)で地下のダンスフロアで廻していたので聴けなかったのだけど、パーティが終わってから「いやぁ、ダムドとかかけちゃいましたよ!」と笑っていたMikuさん。そのノリノリ具合はこちらにアーカイヴされてます。
urasenke 2011/10/22-23(歌舞伎町ラウンジUst)←これの2時間28分くらいから
続きはこちら


玉椿やツバキハウスなどの80年代ディスコの時代からDJとして活動を続けているMikuさん。私らがMikuさんを知ったのは93,4年頃にMikuさんがレジデントで廻してたパーティkey-energy。あれは、日本のトランス・シーンの曙。まだプライヴェート・パーティ以外では野外パーティなんてほとんどなかった頃。今じゃ想像つかないだろうけど、テクノ好きな連中ですら「テクノは暗い箱で聴くのがいいんだよ」なんて真顔で言ってたんだよ、いや本当の話。

key-energyは芝浦GOLDが多かったと思うんだけど、GOLDが早めにクローズしちゃった朝、ちょうど私らが代々木公園で明け方から音を出していたことがあった。どこぞでそれを聞きつけたのか、踊り足りない人たちと廻したりないDJが代々木に流れてきたのだな。その中にMikuさんもいて、それじゃあというわけで一廻ししてもらったのが、最初に話した機会だった。あ、key-energyには何度も遊びにいってたけどね。踊り足りない人の中には、その後のRainbow2000のメンバーがいたりもした。本当に1993年から95年くらいまで夏場にやっていた代々木公園でのアフターでは、色々な人に出会ったし、おそらくあの場にいた人の記憶にも刻まれていると思う。今よりパーティの数もうんと少なかった時代だから。

日本でトランスというパーティが定着していったのは、やはりゴア・トランスからだけれど、その少し前の話。

なんだか延々と昔話をしているようだけれど、今回のパーティは別に懐古的なものじゃない。Mikuさん曰く、「最新のエレクトロ・ミュージックから、テクノ・アンビエント、クラシック・セットなども盛り込まれていて、また久々に会うDJの組み合わせなどもあったりするけれど、どんな場面でも昔を懐かしむのではなく、こうやって集まったことにより未来に向け、なにかを新たに始める布石となることが目標」と。

うん、こういう志があればこそ、なのだ。

さて、もうひとつ、10月20日-21日のREZONANCIA。こちらは30代のオーガナイザーのパーティで、ヒゴエラは初対面。声をかけてもらうきっかけになったのが、今年の春風。私たちは10年ぶりくらいの春風で「トランスで!」とオーダーをうけてのプレイ。時間が短かったのでお祭り気分でかなりメラメラした感じの古い曲をBack to Backで廻すという暴挙を敢行。えっらい盛り上がったのがおっかしかったなぁ。この時のプレイを聴いたオーガナイザー・JINくんからお誘いをいただくことになったわけ。

REZONANCIAも面子を見ると、ちっとも懐古的な、よくいうオールド・スクールな内容じゃない。私らがパーティを始めた頃にはまだ十歳にも満たなかったような若手から、日本のトランス・シーンの顔的存在もいるし、そんな日本のシーンとずっと関わりと興味をもって接してきたアーティストまで多種多様。

そんな中で、春風でのプレイから、もっと聴いてみたいと誘ってくれたのだから、これは応えたい。私たちのトランスで。

去年くらいからゴア・トランス再び!な盛り上がりを小耳に挟むことはしばしば。でもまぁ、ヒゴも私もいわゆるゴア・トランスなDJじゃないし、本人トランスを廻しているつもりなのに終わった後にジャンル訊かれたりする始末だし。それなのにどういうわけか、活動の場はクラブとかディスコじゃなくてトランス・シーン中心だったんだから、我ながら面白い。それは出逢った人々の器量の大きさや、繋がり方のおかげであって、自分たちにとっては全然不自然なことではなかったのだけどね。

このふたつのパーティ両方で廻すのは、ヒゴエラだけ。そんな立ち位置にいる自分たちがなんだかとっても愉快だし、幸運だとも思う。自分がプレイをするというだけでなく、両方の場に居合わせることが、ね。

パーティ自体がこの20年あまりで日本にも馴染んできて、さぁ、ここからどんなことになっていくのか。いやさぁ、まず、ここ。ここと今をしっかり見据えて、視界を広げたいと思うのでありました。

やらかすぞ。

追伸:写真は2000年くらいのパーティで廻すHI-GO。つい最近、友達がアップしてくれたもの。なにこのロンゲ!
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